2014年6月11日水曜日

東亜日報「宝物第326号忠武公長剣は日本刀ではないニダ!パクっただけの名刀ニダ」

忠武公長剣が日本刀?その説を一刀のもとに断て~敵の武器様式まで取り入れた朝鮮刀の特級名品
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1402323495/

≪「忠武公の長剣は朝鮮環刀を基本に外来的要素が部分的に結びついて作られた私たち固有の刀剣だ。」

宝物第326号に指定された忠武公、李舜臣(イ・スンシン、1545~1598)の長剣2振りはもしかしたら私たちの歴史で最も重要な刀剣だ。朝鮮刀剣自体が残っているのが珍しいうえ、倭乱の波風で祖国を守護した象徴性まで加わり民族の胸に自負心としての位置を占めた。実物ではないが、ソウル光化門に立つ将軍の銅像の腰周りをずっと守ってきて大衆によく知られている。

今年は1594年に長剣が製造されて7周甲、420周年をむかえる年。しかし、国民的愛を受ける宝物なのに実体は詳しく知られていない。むしろ世間に様々な説が乱舞して誤解を受けている。ところが最近、文化財庁顕忠祠管理所が出した戦時図録「民族を生かした二振りの刀剣、忠武公長剣(8月31日まで)」に載せられたイ・ソクジェ京仁(キョンイン)美術館長の‘李忠武公長剣分析―聖雄の刃物、その俗説と実体」を見ればこれまで気がかりだったことをかなり解くことができる。

まず忠武公長剣が日本刀という見解は事実でない。単に必要によって日本刀様式を一部受け入れただけだ。朝鮮は壬辰倭乱勃発前まで200年以上、平和な時代を過ごした。このため長い戦乱を体験した日本のように刀剣文化が発達せず短くて細い刃物が普遍的だった。だが、実際に正面対立するとすぐに優秀な武器の必要性を痛感した。それで長くて強い日本刀を受け入れたのだ。

李館長は「倭軍が鳥銃を前面に出して攻め込むとすぐにこれに対抗して朝鮮も鳥銃を生産して対抗したのと同じ論理」と説明した。当時、義兵長クァク・チェウ(1552~1617)とクォン・ウンス(1546~1608)の長剣も日本刀の刃をまねた。それでもイ・スンシン長剣が私たちのものといえるのは他の様式は大部分、朝鮮式だからだ。刀の柄と鞘の形、装飾や模様、革ひもも全て韓半島で自生したりかなり以前に中国から渡ってきて土着化した方式だ。

よく長剣自体が曲がっていることで「伝統刀剣は直線的形態だけ」と主張するが、高麗の記録にすでに曲刀が登場する。これと関連して忠武公銅像の長剣にも誤解がある。一時、日本刀を付けているという論議が高まったが、これは事実と違う。李館長は「日本の専門家たちも自国のカタナ(刀)とは関連ないと確言した」と言う。銅像の刀剣は日本刀をまねた朝鮮式が正しい。

ただし原本と比べても合わず、装飾の大きさや間隔も歪曲された。考証が不足した‘拙作’ができたのは明らかだが、日本刀ではない。忠武公の長剣二振りは各々197.2センチと196.8センチ(重さ約4.3kg)に達する。それで自分の身長より長い刀剣を振り回す将軍の姿を想像する人が多い。李館長は「この刃物は実戦ではなく儀仗用」と説明した。

まず刃に撃剣痕(刃がぶつかった跡)がない。その上、朝鮮後期の文臣パク・ジョンギョン(1765~1817)が書いた‘元戎劒記’に「公が実際に使った黒い双龍劒」という文句が出てくる。双龍剣はもろ刃を使う剣で長さが90~100センチと推定される。

儀式目的だったからといってレベルが落ちるわけではない。科学的分析の結果、忠武公長剣は熱処理跡が確認されたし、永い歳月にも腐食が顕著に少ない。雑成分が混ざらなかった良質の鉄を一寸の誤差もなしに焼き入れたという意味だ。李館長は「忠武公長剣は朝鮮のレベルの高い製鉄技術と工芸文化を土台に敵の武器様式まで私たちのものに取りこんだ特級名品」と語った。≫

巷間の意見>>
………………………………
何が何やら良く分からないが朝鮮人が統合失調症ということは分かった。本職だけど診断書書いた方が良い?
………………………………

<丶`∀´>どの新聞もこんな記事しか書いてないニダ。

巷間の意見>>
………………………………
忠武公とか誰?って感じだし、記事は読む気がしないけど、
画像だと、どっからみても日本刀だなw
もちろん劣化バージョン
………………………………

<丶`∀´> 朝鮮では名刀ニダ。

巷間の意見>>
………………………………
で、朝鮮刀の鍛え方とその伝承は?

弱い日本刀を持った日本人に全員斬り殺されたのかなぁw
………………………………

<丶`∀´> 日帝に搾取されたニダ。

巷間の意見>>
………………………………
需要があるようなので・・・




韓国の刀剣技術が遅れていた最大の原因は秀吉の刀狩にあった、

それまで日本ではマトモな刃物が作れず、韓国を侵略した秀吉は韓国刀の
切れ味に苦しんだ末、刀狩でそれを奪い始めた、

中には先祖伝来の刀を奪われまいと必死に抵抗する韓国人もいたが、
彼らは日本刀で韓国刀ごと真っ二つに切り殺されたという、、、
………………………………

<丶`∀´> その通りニダよ。

巷間の意見>>
………………………………
つまり、ホンダとヒュンダイの関係だろ?
………………………………

<丶`∀´> ヒュンダイは韓国で組み立てたから忠武公長剣とはちょっと事情が違うニダ。

巷間の意見>>
………………………………
日本にある朝鮮由来の宝具は全て略奪品だから還せとか言ってるような馬鹿だから
朝鮮にある日本由来の宝具を認めたら日本に還さなきゃならなくなるって考えで
この刀はウリ逹が作ったニダって浅はかな考えだろ
………………………………

(ι`・ω・´)ノ キッパリ!! 忠武公長剣は返さなくてもけっこう。ハードオフで何万円で売れるか?

巷間の意見>>
………………………………
>>1の刀が仮に朝鮮製だったとして、
どこかで拾ってきた玉鋼100%でできてたら笑うな。

日本刀の反りは、異なる鋼を組み合わせた結果
製造の工程でできるもの。(できてしまうもの。)

日本刀に似せるために、まっすぐな刃物を一生懸命曲げて
できても、最初の一振りでポキンと折れる。

あ、だから儀仗用?
………………………………

<丶`∀´>やはり 正真正銘の朝鮮刀だったニダ。


記事が面白いと思ったら下のリンクをクリックしてくだされ!!  <(_ _)>



人気ブログランキングへ

0 件のコメント: